業界人のお話

　　　　　　HOME>業界人のお話>第10回高木　直哉　H17.12.22

業界人のお話

第10回　高木　直哉さん

世界を渡り歩いた、輸出陶磁器営業マン

今回の語り部　高木通裕さんは、昭和25年(1950)井元産業株式会社に入社。輸出陶磁器の営業マンとして、40年代初頭から海外を飛び回り、様々な経験を積まれた方だ。
三代目、井元啓太氏に一から仕込まれた若かりし日々や、日本人が海外旅行をすることすら珍しかった時代の外国での苦労話などを中心に、語っていただいた。

参考
井元産業（株）：
明治30年（1897）、井元商会として、井元為三郎氏が創設。素地を仕入れ、上絵をつけて製品にし、それを輸出する「加工完成業者」として、みるみる売り上げを伸ばす。
昭和の初めには、サンフランシスコ、ニューヨーク、シンガポールをはじめアジアの各地に支店、出張所を設け、発展の一途をたどった。昭和19年(1944)、商号を井元産業株式会社に変更。
戦後は陶磁器の受注生産のほか、雑貨なども扱う。昭和42年(1967)、貿易部門を独立させ、また社員持ち株制度を採用。その他、社員社用車利用制度やフレックスタイム（時差出勤）制など、ユニークな社長のもと、数々のユニークな試みを続け、平成9年（1997）には、創業100年を迎えた。

井元啓太氏
（創設者為三郎の孫・当時専務）
の下で、軍隊式教育を受ける。

―――　入社のいきさつは？　
　教員であった父の教え子で、以前は井元商会インドネシア支店にみえた、村松氏の紹介で入ったのですが、当時は不景気。入社の際、「向こう半年は日曜、祭日も休みなし。朝７時から夜の８時まで働かねばならないが、いいか」と、念押しされました。実際そのとおりでしたね。
　初任給4,500円（手取り3,950円）で下宿代が4,000円でしたから、実際食っていけませんよ。豊橋の母からの送金で生活するのが精一杯でした。

―――　　最初から営業部だったのですか？
　いや、生産の現場を知らないと、ということで、丸2年は工場研修でした。生地、絵付け、出荷部などの各部を卒業するたびに試験があって、合格しないと、もう１週間。これは辛かったね。
　当時はインドネシアとエジプトブームで、主にスープ皿、ミート皿を絵付けして、トンネル窯で焼く。毎晩10時から12時までだよ。クリスマスにデートする暇もなかったからね。重い木箱に詰めて、回すのが、うちはスープ（皿）だから、ものすごく重かった。
　裏印はMade in occupied Japan（占領下日本）を付けて出荷していました。

　入社２年後にやっと営業部に配属されたものの、書類は全て英語で作らないといけない。これも苦労しました。なにせ旧制中学時代は戦時中で、「日本は戦争に勝ち世界中が日本語になるから、英語を勉強する必要はない」と、言われてたんですから（笑）。

―――　　それで、どうされたのですか？
　仕事が終わってからＹＭＣＡに通って、とにかく必死で勉強しました。うちの場合、そういう時は月謝の半分は会社持ち、半分は自分で持つ。というのは全部会社持ちだと、一生懸命勉強しませんから。

　（外国に）手紙を書く時は、必ず原稿用紙（広告などの裏を利用してましたね）に下書きして、社長が間違いを直すんですね。社長がみえないときは同僚に見てもらいました。それからタイピストに清書させ、もう一度担当者がチェックして、社長または上司のサインをもらって、やっと発送。必ず二人以上が眼を通さなければならない、ということになっていました。

―――　　ほかにもいろいろと決まり事があったそうですね。
　啓太さんは東大出身の海軍少佐だったから、軍隊式教育でしたね。始業の５分前には各自の席に居なければならないとか、一日数回工場や社内を回る当直制度とか。出張の際は、「どこどこへ行って、なになにをしてきます」等、社長の言われたことを必ず復唱しないといけないわけです。それから、海軍ではいつでもすぐ出動できるように船首を前に停泊する。だから自動車もすべてバックで車庫入れしなければならない、と言われました。実行しないと罰金でしたよ。

　車と言えば、私が社内で運転免許をとった第１号です。当時は市内は市電か、輸出用の28インチの自転車でお得意先を回っていました。そこで社長命令で私が入社１ヶ月で免許を取得し、来日したバイヤーを乗せて市内や四日市、常滑、美濃方面などをまわりました。啓太さんが免許を取りに訓練所まで通う時も、送り迎えをしていましたね。昭和39年には優良模範運転者として、公安委員会より表彰を受けました。

はじめての海外出張

―――　　海外に行かれたのは、いつ頃から？。
　昭和42年（1967）、北・中・南米担当を命ぜられ、はじめて2ヶ月で11カ国へ出張に出かけました。出発までの6ヶ月間、キューバ生まれの二世の女子の家に通ってスペイン語を教わった。とにかく必死でしたね。言葉がわからないと、商売もなにもできないから。コレラ、種痘、黄熱病の予防接種をし、国際免許も取得して、いよいよ出発。
　小牧―羽田―サンフランシスコーマイアミを経由してアルゼンチンまで。マイアミからヴェネズエラに向かうプロペラ機に乗った時は、カリブ海の上空で大きなエアポケットに遭った。あれは恐かったねえ。

　当時は各航空会社から、日付変更線と赤道通過記念証を自宅まで送ってくれました。航空代だけで、何千ドルでしたよ、アルゼンチンまで行って。スチュワーデスもそれぞれの国の民族衣装を着ていて、日本航空は振り袖で日本食のサービスをしてくれました。


	[　日付変更線と赤道通過記念証の写真　]

　大きなトランクにサンプルを40㎏持っていったんですが、税関では全部トランクを開けないといけない。検査をする職員が欲しい物があると「くれ」でしょ。一個出したら他の人も寄ってきて、たくさん取られた。そういえば、取引先の秘書に土産をあげたときも、「私もちょうだい、私も」と。遠慮のない奴でねえ。

　社長から教わったマジックは言葉が通じなくてもわかるから、とても役に立ちました。取引先の事務員さんに見せたらちょうど社長さんが見て、今夜ご馳走するから家に来て家族に見せてほしいといわれてね。そこで披露して種明かしをしたり安いマジック材料を進呈すると、大変喜んでくれました。一晩で3ヶ月ほどもつきあったように親しくなって、注文をいただくこともできました。かわいがってもらった。スペイン語でマジシャンのことをマゴというから、「マゴ、マゴ」って言われてね。

―――　　日本という国の知名度はどのくらいあったのでしょう？
　まだほとんどの人が日本がどこにあるかも知らず、TOYOTA やNISSANの車が走っていても、アメリカ車だと思われていた時代でしたね。日本人というと、「空手か柔道をやっているか？」とよく尋ねられました。日本人イコールお金を持っている、というイメージがありましたから、女の子にもてたい時は「ジャポネ」、それ以外の時は「チノ（中国人）」とか、使い分けてましたね（笑）。

―――　苦労されたことは？
　中南米の取引は、D/P、D/A（手形）支払いがほとんどで、先方が倒産しても、輸出保険で95％は回収できました。ただし、更に取り立てに現地へ行くと、向こうの人はのんびりしていて「アスタ　マニャーナ（また明日）」ばかりで、払ってくれない。国内の手形が先で、外地は後回しだと言われたりね。

　国内では「前渡し金支払い制度」というのがあって、発注の際、メーカーに50～100％前もって支払っているのに、苦しくなるとうちの注文分を、現金がもらえる他社へ回しちゃうんだね。それで焦げついて、弁護士といっしょに差し押さえにもたびたび行きました。あれはすごいね。ありとあらゆる物に、赤札をぺたぺたと貼る。そうすると奥さんが「それは結婚する時に持ってきた物だから、やめて」と泣いてね。こちらもそんなことしたくはないのに、辛かった。良い勉強にはなったけどね。朝の５時頃に荷物を取りに行ったこともあった。恨まれたよね、メーカーさんに。でも、こっちも飯食っていかないといかんから。

社訓は
「一歩迅く（速く）、一歩広く、一歩深く。」

―――　その他に、印象的な出来事は？
　昭和31年(1956)、名古屋まつり協賛の名古屋陶磁器展の案内人として、ミス陶磁器の審査が行われ、私が紹介した梶川嬢が井元産業代表として見事ミスに選ばれたのは、今でもよく覚えています。
　それから、バイヤーが来社されると関連メーカーさんや従業員一同で、余興やカラオケを行いました。皆さんそれは喜んでくださいましたよ。

[ 窯業タイムス　週刊　昭和三十一年十月五日発行 ]

[　井元産業名物の歓迎パーティー　デンマークからのバイヤーと共に　]

　工場が閉鎖されたのは、昭和52年(1977)。次第に中国製品と競合できなくなって、注文が少なくなったためです。そこで翌年には工場跡地に「平安スイミングクラブ」を建設し、営業をはじめました。当時はパチンコ店が一番儲かる時代でしたが、社長の意見で健康教育産業のプールになった。残念なことに、子どもの人数が次第に減り、経営困難となって平成14年(2002)に閉鎖しましたが。私はずっと施設担当で、危険物優良取扱者表彰も受けました。
　私の家内も、この施設内で喫茶店をまかされて、一人で切り盛りしてましたよ。おかげで今でも珈琲を入れるのは上手です（笑）。

―――　最後に、井元啓太さんにまつわることで、印象に残っているのは？
　独り者のとき、よく飯を食べに来いと呼ばれて橦木町のお宅に行くと、啓太さんがごはんをいっぱいよそってくれて、「食え、食え」と。何回も行ってご馳走になった。かわいがってもらいました、自分の息子みたいに。本当にありがたかったですね。

実は、このインタビューの合間には、その時々に出会った女性の話がたっぷりはさまっていた。
「よく働き、よく遊んだ」40年だったと、振り返る高木さん。それにしても、入社後に英語とスペイン語をマスター。退職してからも第一種電気工事士をはじめ、9種類の資格を取得されるなど、元来勉強好きで努力家なのだろう。今では奥様と外食したり、国内・国外様々なところに旅行に出かけたり、また畠仕事をしたりと、悠々自適の日々だとか。高度成長期を駆け抜けた元営業マンの背中に、どうぞ、いつまでもお元気で、とひそかにエールを送った。

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