業界人のお話

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業界人のお話

第14回　森　義人さん

元　鳴海製陶（株）　専務
現　日本陶磁器産業振興協会　会長

今回、登場していただく森さんは昭和40年（１９６５）に鳴海製陶に入社。退社するまでの40年間、食器事業一筋に、国内外で大いに活躍された方です。当時の鳴海製陶の年表と会社からご自身への辞令書を見ながら、自分史を語っていただきました。

ボーンチャイナを
アメリカに初出荷した年に入社

―――　入社されたのはいつですか？
　昭和40年の4月1日に鳴海製陶に入社しました。その年は、現在の鳴海製陶の主力商品であるボーンチャイナを初めて開発・生産し、販売を開始してアメリカに向けて輸出した年。６月にニュージャージー州アトランティックシティで開かれたチャイナ＆グラスショーにボーンチャイナのディナーセットが６パターン出展され、大きな反響を呼びました。鳴海製陶のボーンチャイナを初めて市場に出した歴史に残る年に入社したということは、奇遇ですね。

―――　配属されたのは？
　営業部販売課という国内営業の部署へ配属になりました。日本の市場は当時、代理店制度を敷いていまして、4社ある代理店からの受注や出荷業務が主なんですが、最初は荷物運びばかりをやっていましたね。それから2年後、超耐熱ガラス食器「クックマスター」の営業、宣伝関係の仕事を経て、営業部の輸出課へ異動になりました。

―――　輸出課での思い出は？
　当時、鳴海製陶の売上の8割が輸出市場からで、「MIKASA」ブランドが大きなウエイトを占めていました。米国ミカサも鳴海製陶のボーンチャイナを米国市場向けの主力商品として育てようと力を注いでいました。鳴海製陶もそれまで日本で誰も作っていなかったボーンチャイナ・ディナーセットの生産に成功し、特許権を得て市場開拓を続けていたのですが、いかんせん歩留まりが悪く、コストが高くつくので作っても作っても赤字という状況でしたね。昭和40年にはベトナム戦争が本格的に始まりました。東南アジア各地の米軍ＰＸを先輩方が訪問し営業活動を展開した結果、昭和42年頃にベトナムのPXから大口の注文が入るようになったのです。そんな頃に、私はPX担当の営業マンになりました。ミカサ向けよりも高い値段で売れたため、うちだけでなく陶磁器業界全体が大いに潤いましたね。昭和44年には佐世保、厚木、横須賀、横浜などの各海軍関係ＰＸからも受注があり、ボーンチャイナだけで、その年１億円以上の売上があったと記憶しています。ミカサ向けに出していた「MIKASA」ブランドの商品をそのままＰＸに販売していたので、ミカサにコミッションを支払っていましたが、それでも鳴海製陶にとってはいい商売だったと思います。

忘れられないエピソード

―――　ボーンチャイナは大成功だったんですね
　そうですね。ＰＸのおかげで売上は飛躍的に伸びました。基地の中にPXという米軍経営のデパートのような店舗があり、あらゆるものが売られているのですが、軍人やその家族がアメリカに帰るときにお土産としてディナーセットを買っていくんです。当時、「ディナーセット」、「オーディオ」、「カメラ」が3大人気商品でしたね。空母が一隻、たとえば佐世保に入港すると、数万人の兵隊が佐世保に入ってくるわけですから、ディナーセットなどが飛ぶように売れていました。その頃、私は25歳でしたが忘れられないエピソードがあります。佐世保ＰＸが店と倉庫のリニューアルをしたのです。当時、鳴海製陶の商品は佐世保PXでは取り扱ってもらえなかったので、佐世保に出張しても何も仕事がありませんでした。しかし私は倉庫の中に入って、競争相手の商品を別の倉庫へ移動する作業の手伝いをしました。移動が終わって名古屋に帰る寸前にバイヤーの方に呼ばれて、「ナルミさんは、よくやってくれました」と、６パターンの商品を買ってくれたんです。その時、"商売の基本はお客さまに喜んでもらうことなんだな"と思いましたね。そして、なんとなく営業マンとしての基本を身をもって体験した気分になりました。

―――　ほかにも印象に残っていることがありますか？
　ええ、もうひとつＰＸで面白い話があります。昭和44年頃と思いますが、府中の陸空軍基地にノリタケをはじめとするメールオーダーのカタログに載せるメーカー７～8社が呼ばれたことがあったんです。鳴海製陶にとっては初めてカタログに載るチャンスでした。バイヤーは英語で話すのですが、私は何を言っているのかわからず非常に困りました。幸い、バイヤーのオフィスから京王線の府中駅まで30分かけて移動するのです。その間に他社の営業マンから「納期がなくて大変ですね」などと何気なく話を聞き出し、なんとか全体の内容を把握しましたが、ひや汗ものでした。会社に帰ると上司の課長から「森君、よく英語がわかったな」と冷やかされましたけど・・・。（笑）
　これが26歳の時ですね。数字だけはいつもついてきましたが、この時を境に「これじゃいかん、英語の勉強をしなくては！」と決心しました。

―――　その後、アメリカに行かれたそうですね。
　とにかく英語ができないとだめだと痛感していましたから、昭和48年、オイルショックの年にアメリカに行かせてもらいました。30歳の時ですね。社長は「英語とアメリカ人の考え方を勉強していらっしゃい」と言ってくれましてね。ニューヨークのスクールで一生懸命英語の勉強をしましたが、残念ながら英会話はうまくなりませんでした。実はその3年前にもアメリカに行かないかと会社から言われていたのですが、その時はPXの仕事が面白かったので渡米を伸ばしてもらっていたんです。

シンガポールと香港に進出

―――　アメリカではいい経験ができたでしょうね。
　アメリカへ行って実感したのは、うちの会社はミカサ一社だけに頼っていてはだめだということでした。そのため、ミカサとバッティングしないよう昭和50年から、今まで開拓していない東南アジア市場をターゲットに営業展開しました。最初は小売り市場向けにそれぞれの国の輸入卸業者を探しましたが、鳴海製陶の製品は値段が高いので誰も扱ってくれませんでした。そこで直接売り込むことにしました。

―――　直接売り込んだわけですね。
　東南アジア市場の場合、当時のナルミ製品を誰も扱ってくれなかったので、小売市場とHR市場の両方とも直接売り込むしかなかったわけです。シンガポール航空にも、うちのボーンチャイナを２年かけて売り込みました。その当時、シンガポール航空の機内では英国のドルトンのボーンチャイナが使われていたのですが、ちょうど入札があって入ることができラッキーでした。シンガポール航空は高級志向を進めていたので、うちの食器をずっと使ってくれました。その後、香港にも直接営業に出向きました。香港とシンガポールを抑えれば東南アジアは抑えられるという自信があったんですね。

―――　企画の仕事もされたと伺っていますが。
　昭和53年に輸出課の課長になり、56年に企画課長も一緒にやってくれということで、モノづくりも手がけました50年代の前半は先輩方が国内でボーンチャイナ市場をどんどん伸ばして土壌を作ってくれていたので、私が企画課長になった56年から、出す商品すべてが大ヒットしましたね。ミカサのブレーク社長というすばらしい手腕の持ち主がいました。商品企画の基本はすべて彼から学んだといっていいでしょうね。彼とは激しい議論を通して企画の感性を磨くことができ、いい経験になりました。その後、59年12月になると国内における鳴海製陶のボーンチャイナの特許が切れ、ノリタケをはじめ各社が日本市場にボーンチャイナを送り出すようになりました。”特許が切れた”ということは、国内市場に於いてボーンチャイナの大競争時代に突入したということですね。その頃の自分を振り返ってみると、あまりそんな事を気にもせず突っ走っていたので、その後大きな苦労が連続して待っていました。私の大失敗のひとつです。

国内外の市場を飛び回った４０代

―――　その後、営業部長になられたんですね。
　ええ。44歳の時ですが、国内外の営業責任者となりました。丁度、バブルの頃でしたが資生堂から大型の受注があり、うちとノリタケでカップ＆ソーサーやお皿など６品目を受注したことが記憶に残っています。3年間で鳴海製陶だけで38億円。国内の一物件での特注としては陶磁器の歴史で最高額だったと思いますね。また、プラザ合意の後は海外から国内営業にシフトする動きが高まっていたので、「ACTION１５０」という目標を掲げ、販売会社を含んだ食器部門全体の売上拡大に取り組みました。この頃は体も頑強でしたし、一番楽しかった頃です。国内外を飛び回って、営業活動に努めていましたね。世の中は”バブル景気”の真っ最中、鳴海製陶も大型特注をかかえて食器部門の業績は絶好調でした。そんな時、大型特注の終了後の対策をいろいろと打ちました。しかし今から考えてみると、やはり甘い対策ばかりでしたね。バブルが弾け、大型特注が終わるとその反動がきました。これも私の責任が大きかったと反省しています。

苦労した５０代

―――　　５０代の時はどうでしたか？
　50代になって販売担当の役員になりましたが、その翌年、国内の販売会社に出向して販売の第一線に立つこととなりました。が、時代はバブル経済が崩壊して景気が悪くなっていましたし、人脈もなく、慣れない仕事で5年間苦労しましたね。国内の人脈がないという意味は、当時の鳴海製陶の営業は外国貿易と国内の販売会社に対する営業活動が主体でした。先にお話しした資生堂のような大型物件は私が先頭に立って営業活動をしましたが、通常は国内の営業第一線にはあまり出たことがなかったため、国内のお客様との接点が少なかったのです。その後56歳になった年、鳴海製陶がインドネシアに建てたボーンチャイナ工場の２代目の社長になりました。注文がなかなか入らず最初のうちは苦労しましたが、それでも2年間で何とか損益トントンの数字までこぎつけました。インドネシアでもホテルを対象にボーンチャイナを直接売り込んだんですよ。現地通貨で取引し、１ピースから注文を受けるなど工夫した甲斐があって、成功を収めました。小さな思い出ですが、インドネシアに駐在した時、休みの日はやることがないので、20代の頃のように皿を小脇にかかえてジャカルタのホテル回りをしたことが思い出されます。２年後、日本に戻ったら＜会社はリストラの真っ最中・・・＞。50歳代は本当に苦労の連続だったと思います。しかし最後は食器事業担当の専務として、無事に定年退職を迎えることができました。40年の長い間に、会社に貢献できたこともありましたが、失敗も多く会社に対して申し訳ないという気持ちで一杯です。

―――　　良かったと思うことは？
　20代では営業の基本を覚え、英語も少し話せるようになり、30代では仕事を通じてモノづくりの楽しさを覚え､40代でその経験を生かし営業部長として国内外の市場で思い切り働き、50代で役員に・・・。それぞれ年代ごとに思い出があってありがたいと思いますね。茶碗屋で良かった。いい会社に入ったことで、いい仕事に出会えた。また、仕事を通じていい先輩・同僚・後輩に出会えた。私にとって会社は育ての親だと思っています。

今度は
日本陶磁器産業振興協会の会長に

―――　２００６年の４月に日本陶磁器産業振興協会の会長になられたんですね。
　はい、そうです。実は、2005年の６月末に私は鳴海製陶を退職いたしました。定年になったら海外へ退職記念旅行に出かけよう、と家内といつも話していたのですが、何となく北米に行こうということになり、同年の９月２3日に日本を出発しました。北米の西海岸と東海岸のホテルに20日間ほど滞在し、その後ニューヨークのアパートに35日間滞在しました。その旅行の間に日本製陶磁器や食器が使われているのを見たのは、ほんのわずかでしたね。ニューヨーク滞在中に陶磁器のショーが２回開催されましたが、ほとんど日本製品はありませんでした。旅行を続けながら「どうなるんだろう、日本の陶磁器は・・・」と思いを巡らしていた時、鳴海製陶からニューヨークに電話がかかってきたのです。「日本陶磁器産業振興協会の会長職を引き受けてくれないか？」というお話でした。北米市場で日本製食器がほとんど見あたらないという現実を目の当たりにした私は、40年お世話になった会社や業界にどんな小さなことでもいい、何か一つでも役に立てれば・・・という思いで会長職をお引き受けしたのです。

―――　何かアイデアや構想があるのですか？
　夢みたいな話ですが、一つ温めている構想があるんです。今回の２ヶ月にわたる北米旅行ではいろんなタイプのホテルに泊まり、いろんな種類のレストランに行きました。そこではたくさんの食器が使われています。たとえば、ラスベガスで私は＜ベラージオ＞という5000室もある巨大ホテルに泊まりましたが、向こう2～3年の間にこのクラスの巨大ホテルがラスベガスだけでも5～6軒建つという計画があると聞きました。世界一の経済大国アメリカでは、ホテル産業や外食産業はまだまだ発展していくと言えます。ヘルシー志向のアメリカ人が増え、日本食のニーズは高まるばかりですし、レストランには必ず食器の需要があります。北米のHR市場に日本製食器を販売できる可能性は十分あると思います。この構想を実現させるためにも、まず北米のHR市場の状況を把握して日本の洋食器・和食器が北米の市場に入り込む余地があるかどうかを徹底的に調べることが大切です。また、この構想を役所にも伝え、ぜひ援助をしてもらいたいと思っています。ただ残念なことに日本の陶磁器業界は長い間、アメリカのHR市場に対して販売をしないという自主規制をしていたために、アメリカのHR市場を理解している人がほとんどいません。私もHR商売の本質を知っているつもりですが、アメリカの事情はわかりません。

―――　本当に可能性はありますか？
　まったく、わかりません。夢みたいな話かもしれません。ただ、この２ヶ月間の北米旅行だけでも、私はたくさんのホテルに泊まりました。そしてニューヨークではさまざまなレストランに行きました。そこでいろんな種類の食器が使われているということははっきり言えます。北米にHR市場があることだけは間違いないでしょう。外食産業は常に変化を求めています。流行の先取りをしているわけです。HR市場は、小売市場よりもブランドに関係なく新しいモノを採用するチャンスは多いと思いますね。もちろん、関税の問題や生産体制、販売体制など、いろんな問題があると思います。簡単なことではないでしょうが、まずリサーチをしてその上で事業になるかどうか検討するところまではできると思います。もしアメリカに市場があるのならば、それをきちんと開示し、業界の皆さんにお伝えしたいですね。そして"茶碗で生きる"という熱意をもう一度取り戻してもらえたら・・・という秘めたる願いを持っています。突拍子もない話かもしれませんが、そんなことが実現できたらいいなと思いますね。まだ他にもアイデアがありますので、一生懸命考えながら、業界のお役に立つことを一つでも二つでも実現できたらありがたいと思っています。

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