業界人のお話

　　　　　　HOME>業界人のお話>第15回　山村　富男　H19.4.18

業界人のお話

第15回　山村　富男さん

上絵付職人

昭和8年生まれ
名古屋市守山区在住

瀬栄陶器守山工場に入社
絵の好きな者は絵付けへ

―――　この仕事を始めたきっかけは？
　昭和23年、新制中学の卒業で、守山の学校だったから瀬栄陶器（守山工場）を就職斡旋してもらった。あの頃、三菱重工など付近の工場は空襲で全滅していたから就職先がなかった。先生は、「これからの日本の産業は陶器だ」、「陶器を輸出してドルを稼ぐ」と言っていたが、わしらは何もわからなかった。その頃は食べるものがなかったから、「瀬栄は昼食が出る」と聞かされてみんな喜んだね。瀬栄は陶土から上絵付けまである一貫メーカーの大きな会社だったな、学校から2､30人入った。鋳込み、動力ロクロ、窯場、わしらのように絵の好きな者は絵付けにいった。絵付けに10人位いったかな。

―――　　瀬栄はどんな会社でしたか？

　水野保一社長は天皇陛下みたいな顔して人望の厚い人と思ったね。社長が来ると幹部もみんな頭が上げられなかった。その頃、瀬栄の本社はここ（東区芳野町）にあって、社長宅の大きな屋敷が赤塚辺りにあった。瀬戸の菱野にも大きな工場があり、磁器やディナーはそこから守山の倉庫にきていた。四日市は半磁器の柔らかい素地に絵付けをやっていた。千種区の若水町、元千種工廠の後にも大きな絵付け工場があったが、千種工場は私が辞めてからできたな。瀬栄には2年半ちょっといたかな。
　瀬栄にしても他のところも、あんなに大きな会社がなぜなくなってしまうかな？と今も考える。守山工場なんてすごく大きな本窯2基、中窯2基も持っていたのに。

[水野保一胸像]
昭和58年5月
名古屋陶磁器会館に安置

土曜日は日本画を習い
日曜日は白壁学校（絵付教室）に通う

―――　どのような商品を扱っていましたか？
　その時は半磁器のお勝手道具を作っていたね、野菜入れ、八寸丼各種、レモン絞り、砂糖入れ、塩入れ、ミルク入れ、絵柄は赤梅。それと人形もやっていた。多様な人形を沢山作っていたね。

―――　絵付けはどのように覚えたのですか？
　仕事は親方について覚えた。会社が日本画の先生を雇って、土曜日仕事が終わってから1時間ずつ日本画を習った。それから、日曜日の午前中には白壁学校（*東白壁補導所）へも行かされた。生徒は10名くらい。瀬栄、松風、名古屋商会、ある程度大きい会社の人しか来てなかったね。林のもくさんや猪子さんたちが教えにきていた。その時は花刷毛にて赤絵具でバラ絵の練修。

―――　養成学校の全身ですね？
　その後できたのが養成学校（*名古屋陶芸研究所）。わしは養成学校には行かなかったが、そこに市ノ木先生たちの参考見本が並んでいた。「これが市ノ木さんの絵だ」って感心したよ。描き絵をやっている人なら誰でも市ノ木先生を知っている。ノリタケの市ノ木慶治先生、高木春太郎先生、中島音次郎先生、みな有名でしたよ。

style="LINE-HEIGHT: 8mm" face="ＭＳＰ明朝" size=3>

[名古屋陶芸研究所開所式]　昭和25年7月18日

[名古屋陶芸研究所図書室兼見本室]

*	名古屋輸出陶磁器協同組合は、戦後の上絵付技術者の不足をカバーするため昭和21年3月愛知県から補助金の交付を受け、絵付工の養成に乗り出した。昭和22年3月～23年7月まで東白壁小学校で上絵付補導所を開設、昭和25年に東白壁小学校の教室の借用期限が切れて補導所が廃止となったので、恒久施設として名古屋陶芸研究所を徳川町に建設し、25年～29年までに115名の熟練工を養成した。

親方と旅役者のように
様々な陶器屋を回ったね

―――　瀬栄さんを辞めた後はどうされましたか？
　山口町にある日本窯工の隣にあった名興陶器という描き絵を専門にやっていた会社に就職した。そこは多治見から絵描きさんが大勢きていた。会社が潰れるまで2、3年いたかな。その後は名興の親方に付いて、この辺り（名古屋市東区）にたくさんあった陶器屋さんで働いた。親方同士が話し合って仕事があるところへ転々と…
　瀬戸の愛知製陶にもいったよ。愛知製陶は大きな絵付け工場があった。愛知製陶の洋物絵付けの仕事が終わり、和物の仕事もやってみたけど、瀬戸の職人は手早いので、単価的にとても付いていけなくて名古屋に戻った。親方と旅役者のように様々な陶器屋を回ったね。

―――　　いろいろな経験をされたことでしょう？
　名興陶器では描絵でコーヒーカップ、額皿など色々。他では「ラスター」や「蒔き」もやったよ。「蒔き」は難しい仕事だね。色合わせにはかなりの技術をもっていないとやれない。皿に均一に漆を塗って色を揃えるのだからね。わしは最初「蒔き」をやったらかぶれてしまって、そばに行っただけで弱い人はかぶれてしまうから。すごい人は漆を舐って免疫をつけるらしいよ。今仕事としてやる人はいない。やるなら趣味だな。それの手早いのが「吹き」といって生地に絵具を吹きつける方法だね。
　極端な話だけど、絵付けした後窯で100％焼かなければいけないところを、温度不足で窯出しして、「触るなよ！」、「触ると金が剥げる！」って、そんなところもあったよ。それを出荷していたのだからバイヤーからクレームがきて、検査官が出荷する前に抜き取り検査をするようになったね。

シルク印刷の版描きは
いい仕事でした

―――　描き絵の仕事がなくなった後はどうされましたか？
　兄貴が一般印刷の版を描いていたので、三彩画房名で自営一般印刷の版を描いていたら、瀬戸から陶器用シルク印刷版の仕事がきた。それから多数の会社から仕事がきて、寝こなしでやったわね。家の近くの守山シルク印刷からも転写の仕事がきた。主に結婚式の引き出物。それにアラブ方面の伊万里柄、裏印もアラビア文字で描いた。それから九谷。九谷は筆で絵具を盛ったのが魅力で、その盛がシルクにとってもってこいの仕事。シルク印刷で3回も4回も同じ重ね刷りで絵具を盛るわけ。たくさん描いたよ。後になって「転写は九谷じゃない」という九谷職人の苦情を聞かされたな。　
　転写がいいものができて、描き絵の仕事がなくなって、上絵付を辞めて一般印刷に。これで一生食べていけると思ったら、時代は変わって、パソコンの技術は70歳の自分には全くついていけず退職した。


[転写紙の原画：黒軸筆で描いたもの]

―――　　今の思いをお聞かせください
　陶器の仕事では苦労したけど筆は忘れられない。趣味で絵付けをしたり、油絵を描いたりしている。今でもノリタケで絵付けを教えていらっしゃる小川武雄先輩も時々写生に連れて行ってくれる。絵の好きな絵付け職人仲間に囲まれて幸せに暮らしている。今は趣味として陶画を楽しんでいるよ。

ページのトップへ戻る