業界人のお話

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業界人のお話

第20回　真田新之助さん

税理士事務所所長

著者に
「経営はドラマだ」
「お助けマン奮闘記」
「人世いろは読本」など多数あり

戦前・戦中の思い出

　　父・真田雄三は絵付完成業者（満留西商店（戦後～25年）（株）松島陶器商会（昭和25年～昭和29年）を営んでおり、白生地に上絵付けを施し、電気窯で焼成し、荷造りして名古屋港に納め、貿易業者を通じて輸出するというのがうちの仕事でした。私は中学2年生から仕事を手伝っていました。親父は明治30年の生まれで、子どもは家の道具と同じというような考えでしたから、勉強している最中でも構わず「おい、新之助、やれ！」と引っ張り出され、絵付けや窯詰めを手伝っておりました。

―――近所にはものすごくたくさん陶器屋さんがありました。　
　　私が主税町に来た10歳の頃、この近所にはものすごくたくさんの陶器屋さんがあり、優秀な上絵付けの技術者が多く、いい作品を仕上げていました。上絵付け業者さんでは当時一番大きかったのが家の真ん前の㈱加藤兵三商店さんでした。それから家の裏に寺林陶器㈱さん、新興陶器㈱さん（白壁町）、山口陶器㈱さん（赤塚の北）、井元商店さん（橦木町）、西田商店さん（相生町）、斉藤商店さん、熊谷商店さん（坂上町）、大小全部で50社くらいあったと記憶しています。

―――馬車は殆ど主税町を通っていました。
　　なぜこの地方（名古屋市東区）に完成業者が多かったかというと、製品の元となる白生地の生産地である瀬戸、多治見方面から名古屋への搬入の入り口であったからです。生地は馬車で運ばれてきて、大曽根を経由して白壁地区へ搬入されました。殊に北から白壁町、主税町、橦木町と三本道が並んでいましたが、馬車は殆ど主税町を通っていました。それはこの三本道のうち主税町が西の41号線まで行く間の傾斜が一番緩やかであったことによります。馬は大曽根から非常に苦しい思いをして、ここ（赤塚）の坂まで上がってきます。それから、また坂を上がるというのは辛いですね。馬が苦労しなくて済む主税町筋が一番、馬子さんの気が楽だったのです。従って主税町を中心として両側の道筋に、完成業者が多く集まったわけです。同時にその周辺に上絵付け技術の優れた職人が多く住んでいました。陶磁器会館の少し北（赤塚交差点手前）に馬の水飲み場があって、磁器でできていたと思うのですが、幅が3～４0㎝、長さが１メートルくらいの水飲み場が２箇所作ってありました。まずそこで馬を一息させて、それから主税町通りを運んでいくということが、私が中学生の頃はまだ続いていました。

―――焼夷弾を池に放り込みました。
　　アメリカの爆撃計画図を見てもわかるのですが、昭和20年1月21日、アメリカの航空隊司令部が作った計画書の中には「名古屋城から東の武家屋敷は燃やすな」ということが書いてあります。その原本のコピーを私は持っています。白壁町、主税町、橦木町の三つの筋はなるべく燃やさないようにということで古い家が残ったのです。焼夷弾というのは親弾が空中300メートルほどのところでぱらっと割れて中から出てきます。長さがだいたい40ｃｍで太さは両手で握れるくらいの太さのものでした。底に500グラムくらいの爆弾が入っていて上は全部油です。日本の家は火薬を使わなくても焼けるから油でいいということで油脂焼夷弾がばら撒かれたのです。自宅にも二発落ちました。床の間の前から出火しているのが見えて、防空壕を思わず飛び出て、その時私は14歳、庭に池がありましたので、かぶっていた防空頭巾を取ってキュッと掴んで、大きな花火みたいな焼夷弾を池に放り込んだのです。すると、池の表面がメラメラと燃えて、それからスーと消えましたね。私が聞いていたのは、「焼夷弾は油で飛び散ったところから火がつくから絶対に水をかけるな」ということ、「布団を被せるか、水の中へそのまま放り込め」と言われていました。もう一つはお勝手場に落ちていました。お勝手には風呂場があって、いつも水をいっぱい入れていましたから、親父がそれを素手で掴んでお風呂に放り込みました。

―――祖父が開発した重油式トンネル窯も焼失してしまいました。
　　主税町の通りは、表通りが2,3軒焼けただけでほとんど残りましたが、路地に入った中が皆やられました。うちも路地の中に自宅と奥に工場がありましたので工場は完全に焼け、祖父・真田菊太郎が開発した重油式トンネル窯も焼失してしまいました。うちの縁側から鶴舞の公会堂まで見えるくらいきれいに市内は焼けてしまいました。それは昭和20年3月19日から20日にかけてのことです。絶対に忘れません。
　　そのトンネル窯はちょうど今お隣の佐地さんのお宅まで伸びていました。トンネル窯はどうなっていたかというと、非常に硬い陶器の耐火煉瓦で出来た台車があり、それに針金で作った枠があって、その中へ絵を付けたものをえんごろに積んで、台車の中へ入れて、台車を東から西の方へワイヤーでゆっくりと約3時間から4時間かけて引っ張るのです。その間3箇所横から火を出すところがありまして、当時はそれが最新だったのですが、重油バーナーで火を出して、それで焼き付けたということです。ただし、小さなものには向きません。祖父が専門に注文を受けていたものは直径約30㎝深さ20㎝くらいの大きなボウルで、縁に金のラインを引きトンネル窯で焼いていました。

絵つけ・窯・荷造りの経験

絵つけ―――デコ盛りは外国で大いに評価されました。
　　私は縁に金線を引いたり、デコ盛りを施したりする手伝いをしていました。薄い生地の磁器のカップ類はまん丸に焼けません。熱で歪みますので伏せて焼くので上部がザラザラに焼けます。焼き上がってから紙ペーパーで削って金線を引きます。私は今でもロクロに乗せて金線を引くこともできますし、カップの取っ手部分に金を引くこともできます。取っ手の金は面相筆という非常に細い狸の毛でできた筆で、私が使っていたのは狸の毛ではなかったですが、小指を使いその筆をスッと運ぶだけで金線がを引くことができるのです。金を塗り損なうと、布で拭き取ってもう一回やり直すのですが、その布が大事なのです。純金ですから布が売れるのです。金液を作る業者は二つ、平田町に日本金液さんと清水口の先に浪速金液さんがありました。
　　デコ盛りは烏口と呼ばれる、ケーキのデコレーションをするような技法で、ブツブツと盛っていくのがデコ盛りの作業でした。その繊細な模様を仕上げる技法は外国に大いに評価されていました。勿論、最初に輪郭をつけます。輪郭はゴムで出来た判で、スポンジが真ん中に入っていて、スポンジをプッと押して離すと絵具が付きます。それが当時の絵付けの基本でした。
　

窯詰め―――焼き過ぎてよく親父に怒られました。
　　窯で焼き過ぎると、金は紫色に変色してしまい、デコ盛りは盛りの部分がポロポロと取れてしまいます。焼き過ぎてよく親父に怒られました。
　　当時の窯は直径1.5メートルくらい、高さ2メートルくらいの大きさで、煉瓦を円形に積んで作ってありました。内壁に5ミリくらいの太さの銅線（ニクロム線）をびっしり張り巡らせてあり、その窯の中に人間が入って、絵付けの済んだ生地をえんごろと呼ばれる板の上にくっ付かないように上手に並べて積んでいきます。どんどん積んでいくと人間のいる場所がなくなっていきます。そうすると外に出て、窯が一杯になるまで、絵に触れないようにハサミで挟んで板の上に並べていきます。くっ付けて置くと完全に二つともペケになるので、必ずほんの2ミリか3ミリの間隔を空けて置かなければいけません。これが大変な作業でした。最後は窯の真ん中に空間ができますから、そこへ銅線のまかれた太さ10センチほどの熱線棒を下して、縁と真ん中と両方から熱を与えて焼成していました。

　　昭和20年代ですから正確な温度計はありません。どうやって温度を測るかというと、窯に上下合計8箇所覗き穴があり、その窯口を覗いて中の色で判断しました。絵具によっては温度で変色してしまうものもあり、温度の変化には細心の注意が必要でした。焼き上がるまで8時間から12時間かかるので、親父と私と交代で寝ずの番をしていました。
　　中学2年生の頃のことでした。私にはまだ温度の判断はつきませんでしたから、親父に「何時何分頃になったら見に行けよ」と言われていました。それをうっかりして30分遅れて見に行ったら、すごく赤くなっていてびっくりして、すぐにスイッチを切りましたが、焼き上がってきたものは…。一窯全部パーで大変なことです。親父には「ばかもん！」と一回怒鳴られただけです。それ以上怒っていても仕方がないのでもう一度作り直し、すぐ次の手配です。船積日が迫っていますから、さらにもう一窯焼くため、窯の中のものを全部取り出して、まだチンチンの窯の中に素っ裸で入って必死に並べてもう一回焼き直しました。
　　一番慌てたのは大学二年生の時の失敗でした。当時はようやくトラックが入ってきた時代で、トラックに荷物を積んで、真ん中には空の箱を二つ入れてもらって、焼き上がったものをそこに積んで、港へ向かって走るトラックの上で荷造りをして船積みに間に合わせた。そんなこともありました。失敗しても、次にどう手を打つかということは親父に教わったような気がします。

荷造り―――コロコロと角を回して馬車に積む
　　荷造り包装は殆どが家内包装で、現代のような機械による包装などは思いも寄りませんでした。完成した製品は検品し紙に包み、木毛（もくめん）という木の細い糸くずのように削った梱包材で割れないように梱包し、当時は今のような段ボール箱がなかったので、丈夫な木箱に詰めて、その木箱に行き先を墨ですり入れし、幅約1.5センチの帯鉄で縁をふさぎ、帯鉄に巻いてきちんと箱を過締めて、それをコロコロと角を回して馬車に積むのです。それを馬車屋さんにやらせると、本当に手際よくやるのです。一個の重さが100kg前後ありますから絶対持てません。ところが、角を回すと全然重たくないのです。私もそれを手伝わされた経験があります。


	[参考：木箱に墨で仕向け地等をマークする板]

思い出深い製品

―――マロン土瓶
　　戦後になって一時期下火になりましたが、昭和25,6年にイラン、イラク、ドバイあたりの中近東の国からたくさん注文がくるようになりました。マロンの皿などもありましたが、マロン土瓶といって、ビール樽に手と口のついたような格好をした土瓶に、真ん中に王様や皇太子の写真（転写紙）などを入れて、周りにマロンを塗り、縁に金線を引いて焼く。うちはそのマロン土瓶を専門にやっていました。マロンの絵具を塗るのは普通の筆ではなく、薄くした漆を綿で塗って、その上にマロンの絵具の粉をかける「漆蒔き」、またはスプレーで吹き付ける「吹き」の二方法しかありません。技術も大変でしたが、焼成も温度が微妙でかなり苦労しました。マロンはエンジみたいな色で、原料に純金を含有していますので非常に奇麗な艶が出ます。800度に上げないと綺麗な色が出ませんし、上げ過ぎると紫っぽくなってしまいます。マロンでも一窯失敗した記憶があります。マロンは外国の人に好まれました。我々が一生懸命作り、外国の人が喜んで買ってくれたということです。


	[昭和42年発行「日本輸出陶磁器史」より抜粋：
		イラン、イラク、印度方面へ輸出された土瓶の代表的なもので、現在も相変わらず求められている。（左から）マロン巻き、ルリブドウ、ロシア土瓶]


	[参考：マロン色]

―――ザラザラでイボイボのお皿
　今でも申し訳ないと思っているケースがあります。縁に金を引いただけの簡単なデザインの洋食皿をインドネシアへ輸出した時のことです。当時、美濃の下石、陶、土岐や多治見を中心とした産地から白い皿をもらい、それに絵を付けて焼くのですが、実にひどい白生地をつくってきたのです。ところが、納期に間に合いませんし、商社も「相手がインドネシアだからそれでいいよ」と言うことで、ザラザラでイボイボのお皿にそのまま絵付けして出してしまったというな悔いが今も残っています。

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