業界人のお話

　　　　　　HOME>業界人のお話>第４回　小原　重信　H17.2.14

業界人のお話

第4回　　小原　重信さん

業界の重鎮、永井精一郎に仕えた半生
元ジャパントレーディング㈱取締役総務部長

「Made in Occupied Japan」。
古いコーヒー碗皿の底などに、こんな文字が書かれているのを、ごらんになったことがあるだろうか。
今回お話をうかがった小原重信さんは、こうした輸出用陶磁器がつくられていた占領軍時代、陶磁器会館の１階にあった「日本陶磁器交易株式会社」に入社。その後、「鉱工品貿易公団」、「ジャパントレーディング」と、経理の道を一筋に歩みながら、業界の歩みを見つめてこられた。戦後すぐから昭和30年代にかけての会館の様子、長年仕えた永井精一郎氏のことなどを、話していただいた。

それは、勢いがあったよ。どんどん輸出が伸びていくときだったからね。

―――　日本陶磁器交易株式会社に入られたのはいつ、どんなきっかけで？
　昭和21年、20歳のとき。新聞で広告を見て、面接試験を受けたんです。永井さんはじめ、伊藤（龍）さん、高岡さん。 6,７人いたかなあ、ずらっと。それは緊張した。
　今から思うと、これからいよいよ輸出が伸びてくるという、大きな構造があったのではないですか。一度に若いのが5人ばかり採用された。こっち（１階経理部・現ギャラリー）に来たのは私一人で、あとはみんな上（2階営業部）に行きました。
　その頃すでに貿易公団に移行することは、決まっていたんでしょうね。(*)

＊昭和20年末、貿易庁発足。各業界ごとに輸出入品の集荷、配給機能をもつものが実務代行機関に指名され、日本陶磁器交易会社もその一つとして認められ、陶磁器会館を事務所として使用し、貿易業務を行った。
22年７月には貿易公団が発足。陶磁器は、この中の鉱工品貿易公団窯業部に編入され、同公団は戦後のGHQによる占領下でのわが国の全ての陶磁器の輸出貿易業務を担った。

―――　　占領軍を通さないと輸出入ができない時代だったのですね？
　貿易公団の仕事というのは、書類を作ってGHQの東京の本部に許可を取りにいくんですね。永井さんが連れてきた元国鉄にいた人が、いっぱい書類をもって（東京へ行き）列車の乗降口で交換して渡していました。毎日のように。

―――　　今で言うと宅急便のような役割ですね。それくらい、東京本部と名古屋支部との書類のやりとりがひんぱんにあった？
　そうです。日本全国の陶磁器を扱っていたから。職員も全部で40人くらいの構成でしたね。総務経理で6,7人。営業、タイピストが30人ほど。

―――　　書類は日本語で書いたものを翻訳されていたのですか？
　いや、最初から英語で。営業の者がわら半紙にタイプで打つか、タイプができない者は手で書いたのを、インボイス等のきちっとした書類に打ち込むのが、タイピストの仕事でした。だから、英文タイピストは各営業にみんな付いていたのではないかな。この1階には、邦文タイピストの部屋がありましたね。

―――　　かっこいいですよね、タイピストの仕事も。
　それだけで採用されたんですからね。特殊技能だもの。最初は鶴舞の享栄タイピストから採用してきていました。その後このあたり（の輸出業）が活発に動くようになって、菊武（タイピスト学院）ができたんですよ。当時の上の方の人が協力して要請したのではないかな。

　公団の時分は、日本銀行の小切手で支払いをしていたんですからね。墨で「一億何千万」とか、書いて。それを、すぐそこの東海銀行（現UFJ銀行）に「各メーカーさんに支払ってください」と明細をつけて、渡していました。考えられないですね、今では。

永井精一郎の人柄は、皆さんの気持ちをぐっと引き付ける、魅力のある方でした。

　ジャパントレーディング（株）では、総務経理の仕事をしつつ、永井精一郎氏 (*)の秘書として、時には車の運転からスケジュール管理までまかされることになる。それから氏が亡くなるまで二十数年。多忙な毎日だったが、氏の仕事ぶりや、人となりに感銘を受けることも多かった。

＊明治31年（1898）生。昭和6年（1931）、日本陶業連盟主事として最初の統制事業にのりだしたのを皮切りに、戦後の陶磁器輸出組合創立には先頭に立ち初代理事長に就任し、爾来21年の永きに亘り業界の最高指導者として輸出陶磁器貿易の健全なる発展に尽力した。又日本陶磁器意匠センター、日本陶磁器検査協会の設立、運営にも積極的に参画した。

―――　　新入社員が永井さんにいきなりどなりつけられた、というエピソードを本で読みました。
　それは厳しい方でしたよ。当時、英文タイプライターは高価なものだったけれど、新入社員は物珍しいから触るでしょ。それはもう、ど叱られたものです。「触るな！」と。その頃は新品なんか買えない。みんな輸入品の中古。「ものを大切にする」というのが、根底にあったのでしょうね。

―――　　刺激的な毎日でしたね。
　普段はなにもないけれど、あるところで、ビシッと言われたことが忘れられません。相手がだらしない風にしていると、厳しかったね。ところが、メリハリのわかる人とわからない人があるからね。私が役員になって厳しくしたのは、そこから出てきていると思いますね。最後まで、私はそれを貫いた。

―――　永井さんという方は、組織づくりがたけていたとか。
　組合のときも、自分の会社もきっちりと組織を作るから、経営の面からすると（人が）多すぎる、という見方もある。完璧をめざすから。（永井氏が社長であったジャパントレーディングでの）商売の仕方は、甘いところがあったのでないかな。平たく言えば、がめつさがない。いろんな面で、公の立場ですからね。

　伊勢湾台風のときは、永井精一郎が組合の理事長でしたから、「被害状況がどうなっているか、すぐさま調べろ」と指令が出た。状況把握して、さっと指令が出たからね。私も腰まで水につかって、社員のところに食料などを届けに行きました。それは早かったですよ。

―――　そんな方のそばにいられて、幸せでしたね。
　本当にいい方に出会えました。メーカー、サプライヤーなど業界の人たちの気持ちをぐっと引きつける、魅力のある方でした。自動車がここまで伸びるまでは（陶磁器産業が）日本の経済をひっぱっていたのですから。そういう業界の下地をつくった。大変立派な指導者だったと思います。

―――　ほかにもお仕事でいろいろな方に会われたそうですね。
　二十代の頃に会った業界の社長さん方も、皆さんたくましくて、今とスケールが違うな、という感じはしますね。

毎日が、勉強だった。

　永井精一郎に仕えて、大きなものの見方を教わりました。だから今でも、常にそういう癖になっています。「勉強しないといけない。」いつもそう思いましたね。毎日が勉強だと思った。

　私事ですが、(10年ほど前に)家内をなくしてずいぶん落ち込んでいました。我が家のことが何にもやれないというのは、情けないと思って。それで、家も会社と考えればいいと思い直した。自分は我が家では社長であって、社員であって、いろんな役をやるのだと。この会社では自分は新人なんだから、始めからはうまくやれなくて、当たり前。そういうことが理解できて、はじめてやれるようになりました。料理でも何でも一つずつ覚えて。わからないことは何でも聞いてやればいい。そうすると楽しい。パソコンも家事もおもしろい。ノートに書いて覚えて、また聞いて。

―――　仕事の上で培ってきたやり方が、活かされているわけですね。
　そうです。どんなことをやっても、最善の努力をしていれば必ず身につく。何にもすることがない、という人でも、考えを切り替えたら、いくらでもやることがあると思います。私も今からでも、企業を起こして仕事がしたいけれど、もう歳が歳だし、ダメだと言われるからね。（笑）

大正15年生まれの小原重信氏は、ダークグレーのスーツにぴしっとネクタイを締めて、臙脂のペーズリー模様のマフラーが似合う、とてもダンディーな方。
インタビューが終わり、氏が帰られた後、会館の事務局長さんが、赤い苺の絵のついた小皿を見せてくださった。「これ、小原さんが先週描いたもの。初めての作品だね。」
家事に、パソコンに、陶磁器の上絵付け。いくつになっても、初めてのことに果敢に挑戦し、何をしていても、永井精一郎仕込みの真剣さで、一心不乱に取り組んでいる小原さんの顔が、浮かんできた。

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