業界人のお話

　　　　　　HOME>業界人のお話>第８回　西尾　宏昭　H17.10.26

業界人のお話

第8回　西尾　宏昭さん

元　（株）曽根磁叟園
　取締役営業部長

―――　出身は何処ですか？
　生まれは岐阜県の恵那です。そこの旧制恵那中学校を出ているものですから、同級生で陶磁器関係の仕事に携わった人が十数名いるんです。そのメンバーと会って昔を語る機会が多くなりました。過去のこと、歴史は変動がないからか面白く楽しいものです。

―――　　就職されたのは曽根磁叟園製陶所でしたね。
　当時のGHQ関係に就職が決まっていましたが、組織替えに次ぐ組織替えになったものですから、結局そちらは止めて、大学の教授から、「方向を変えて、民間にしては、」と言われていたところ、たまたま曽根から話があったのです。
　曽根磁叟園製陶所は素地製造工場（従業員約500人）が岐阜県の陶にあり、名古屋のここ（東区徳川一丁目）に社長の名古屋邸がありました。名古屋の工場（従業員約100人）は、赤塚町にあったのが、昭和30年頃に金作町に移転しました。曽根は終戦間もなくディナーセットの一貫メーカーを目指し、陶磁器産業全盛期にはばんばん焼いたものです。私は昭和26年(1951)に入社し、平成13年(2001)の退社ですから、丸っと50年です。

―――　　曽根磁叟園製陶所はどんな会社でしたか？
　創業が文久元年（1861）で、私が入社した時はちょうど90年経ったときでした。創業者、初代、曽根庄兵衛は、恵那の陶の地で初めて磁器食器を製造してその土地の産業を興し、地域社会のために大いに貢献したというので、岐阜県知事から表彰され、磁器の創始者である意味をこめた「磁叟」という称号を贈られました。
　それ（昭和10年）以来、曽根磁叟園製陶所と呼ぶようになったのですが、私が入社当時は株式会社ではなく、曽根家が所有する個人企業ながら岐阜県下でも屈指の大資産家でした。
　先代の曽根昇三（三代当主）が昭和24年に亡くなり遺産相続税が巨額であったため、事業が継続できるかどうか危ぶまれましたが、きょう夫人は番頭さんたちと相談して、「みんなでどんな苦労にも耐えて、全員が力を合わせて、何とかこの事業を続けよう」と工場が一丸となって乗り切ることにしたそうです。

　いろんな人がいた優秀な工場でしたよ。戦争から帰った陸士、海兵、中には東大や京大を出た人がいて錚々たるメンバーばかりでした。南方や中国大陸の戦地、あるいはソ連に抑留されていた人たちは引き揚げて来ても行くところが無いものですから、多くは縁故で曽根の工場へ入り技師長や工場長などに就いていました。
　入社当時の従業員の平均年齢は22～3歳と若い世代の会社でした。しかし、それ以来、私の年齢が業界の平均年齢でずっと続いてきました。50歳になると平均年齢も50と、若い人がその後は入って来なくなってしまいましたね。この業界は何処も同じで、日本が経済大国になるに従って産業構造が大きく変わりましたね。

アメリカ向け
輸出が軌道に
乗るまでは、

―――　　戦後の様子はどうでしたか？
　曽根に入った頃は、戦後の再興期で、将来は明るいと思っていたのですが、昭和27年頃には、既に過剰生産になって在庫が増えるばかりでなかなか売れず、人員整理もありました。大きな工場は、どこも苦しかったようでしたよ。

　一時、業界が救われたのは、SPB(丸進事業)です。これは進駐軍の特需で、政府の作った特別調達庁という機関が、進駐軍の兵舎や宿舎で使用する食器を業界に注文したわけです。
　丸進事業では食器ばかりでなく、窯業関係ではタイルや建材などいろいろ注文がありました。日本陶業連盟が関与して、注文を各メーカーの規模に応じて分配する事業が、昭和22～3年から26～7年まで続きました。
　当時の記録によると、業界で4億円とありましたから、曽根でもかなりの量だったと思います。厚手のホテルウエアのような食器で、グリーン線の二本入ったものでした。これで業界が十分潤ったわけではありませんが、足しにはなりましたね。

　戦後の輸出はアメリカ向けが主体でしたが、最初はGHQのCPO（PX用）の注文から始まりました。
　名古屋城の周辺には「キャッスルハイツ」という占領軍の宿舎があり、そこから将校連中がぶらぶらと、三郷陶器や、曽根の工場に土産物を買いに来ました。アメリカではディナーセットは非常に貴重なもので、庶民にはなかなか持てない物でした。それが日本に来ると戦後のことで、非常に安い。おまけにこれらの兵隊向けの土産品は輸入税が掛からないので、93ピース換算で、30ドルか40ドル（１万円～１万4～5千円）で買えたのです。月に100から200セットは売れていました。花模様に金仕上げを施した実に綺麗なもので、戦前からの職人さんが手描きしたものでした。その当時の米兵の土産用の93ピースディナーセットは、アイテムごとに木綿で包みダンボールの内箱に入れて、軍用郵便物の大きさの規定に従って、外箱は二つの木箱に分割して荷造ったものです。

　PX需要が、ノリタケをはじめ各メーカーのディナーセットの本流を復活させました。PXの商売は儲けも良かったようです。ドル決済ですから外貨獲得にも寄与したわけです。CPO(Central Purchasing Office中央購買局)から発注され、商品を納め、そこから、米軍の各基地やキャンプなどへ出荷されていて、CPOの管轄地域は極東米軍の守備範囲の各地で、ハワイからグアムなども含まれていたようです。
　それ以後、名古屋の陶磁器業界では、本格的な輸出が軌道に乗っていきました。シアーズ、モンゴメリーワード、メタスコ、UCGC、ACIなどアメリカの輸入業者バイヤーが次々と台頭します。

陶器屋に入り
アメリカの食習慣を
学びました。

―――　　曽根磁叟園に入って初めに覚えたことは？
　陶器屋に入って「93ピースディナーセットとは何だ」、「53ピースディナーセットとは」と何もかも新しく珍しいことでした。「93ピースは12人具、53ピースは8人具」と聞き、「その12人具とは？」、12人用の食器セットなのです。
　ディナーセットになると、何故12人や8人用なんだろうと思いましたよ。アメリカではテーブルに向かい合って4人で座る、その4人の倍数で8、12となる。オーストラリアなどには6人具の18ピースとか36ピースセットというのもありますが、6人というのは少ないですね。

　アメリカでは、戦後日本から沢山出荷され始めた頃、93ピースセットと53ピースセットから変形して、98ピースセットと57ピースセットに変わりました。ACIの舟橋さんの発案だと言われています。
　98ピースはキャセロール（蓋付き野菜入れ）を取って、その代わりに9インチのサラダボール（ヴェジタブルボール）を１ピースとカップを6ピース余分に付ける。キャセロールは現在ではあまり実用的でなく、また、コストも高いので、サラダボールに変えても使用目的には充分間に合うし、さらにコストがかなり安くなる、そしてカップは使用頻度も多くて、よく割れるので補充用を追加して、12+6とする。
　57ピースは、53ピース＋カップ4ピースで、コストの高い楕円形のベーカーの代わりに円形のサラダボールが入りました。サラダボールは丸いのでロクロ成形で出来るため楕円形のベーカーよりも安くなります。

　その後、カジュアルなディナーセットが出回るようになり、45ピースセットが出てきました。45ピースは8人用セットで、普段に最も使い易いアイテムを組み合わせたセットです。その構成は、10インチディナープレート、サラダプレート、シリアルボール、カップ、ソーサーの5品目が各8ピースと、砂糖入れ、乳入れ、9インチサラダボール、12インチチョッププレート（丸皿）を、各1ピースずつ。砂糖入れとか野菜入れのように、蓋物は、蓋も1ピースとして数えるのです。

　日本の食卓に出てくる食器とは全然違う。食習慣が違うのです。我々は田舎育ちで、しかも戦中派でしたから、洋風のディナーセットなどは全く知らなかったので、一体、グレビーボート、キャセロール、ベーカーなど、どう使われるのかわかりませんでした。
　「砂糖入れ、乳入れ、ほお～つ！」と、「ミルクをどうするのか」と。日本の田舎ではコーヒーにミルクを入れて飲むことなどはありませんでしたからね。上流家庭の人は知ってはいたろうが、田舎の百姓の子供などは、コーヒーは香りのいいもんだってぐらいしか、知りませんでしたよ。だから、田舎へコーヒー碗皿などを土産に持っていくと大変珍しくて、立派なものだと、喜ばれたものでした。

昭和30年代後半が
ディナーセットの
ピークでした。

――――　　国内向けの商売はどんな様子でしたか？
　戦後の日本国内で洋皿が売れ出したのは、昭和34～5年からかな。それまでは、工場の不良品、所謂ペケ皿を商人が持っていってどこかで売るくらい。
　戦後は食糧難時代が続き一般の消費者はとても新しい陶器の食器などを買う余裕はありませんでしたから、洋風の食器も和食器も国内デパートなどで売れ出したのは、頒布会で販売されるようになってからです。
　曽根の場合は、昭和35年に創業100年祭を行い、百年史を刊行し、それに合わせて「創業100年記念頒布会」を企画したところ飛ぶように売れました。
　その企画は一回分（一ヵ月に一組）が500円位でした。組み合わせは、コーヒー碗皿5客や、9インチ肉皿5枚などで、絵柄は転写の花柄で金線でした。全国の有名百貨店、三越、高島屋、松坂屋、大丸などで、一斉に売りに出したところ、予定数量以上に売れて、追加に、追加で、生産が追いつかず、納期が半年も遅れてしまいました。
　それがもう一つの商売になり、ノリタケも、鳴海製陶も、どこもかも頒布会を一斉にやりだして、頒布会全盛の時代がありました。カタログを撒くと初めの頃は歩留まりが良く驚異的でしたが、それが年を追って段々と減少し3～4％位になり、それも数年後には採算が悪くなって何処も撤退しましたね。

―――　　伊勢湾台風のお話をお聞かせいただけますか？
　夕方に「東海地方にとって最も悪いコースに入った」とニュースが流れると同時に電気がぱっと切れて、それからが凄かったですね。屋根瓦が飛び、電線がショートして、一瞬空が明るくなり、あんなに恐ろしい経験はなかった。台風は夜半にはおさまり、翌朝、自転車で金作町の工場の様子を見に行きますと、塀は崩れ、トタン屋根は飛んではいたものの、 2，3日で元通りにできました。名古屋の中心部で明暗が分かれ、南と北では天国と地獄ほどの違いがありました。当時港に工場（曽根化学窯業（株）：戦前はタイル工場、月星建陶社）がありまして、その社宅に住んでいた従業員達が高潮で大きな被害を受け、上屋倉庫に搬入されていた荷物は大きなダメージを受けました。荷物は木箱やカートンごと、築地口から東海通まで流され、路上には皿などが散乱していました。

――――　　アメリカ向けディナーセットの最盛期はいつごろだったのでしょうか？　　
　昭和30年代の後半が、磁器ディナーセットの輸出のピークだったように思います。バイヤーを高級料亭で接待して、名妓連の名古屋囃子、金の鯱踊りを見せたりもしたものです。よき時代でしたね。　
　当時の中部経済圏では陶磁器輸出産業がその生産高もトップでしたから、名古屋港からの船積みトン数でも他の輸出産品を遥かに凌駕してトップでした。従って、何年間も陶磁器業界の輸出に関係した工場は「輸出貢献企業」として政府（通商産業大臣）から表彰を受けていましたね。

――――　　その後の推移はどうでしたか？
　昭和45年頃から、アメリカ市場にはそれまでディナーセットの本流をなしていた磁器製のほかにストーンが沢山出回るようになりました。　
　その頃は服飾ファッション業界でも、紳士物のワイシャツと言えば白いものと思われていましたが、いろんな色物が出てきてブルー、イエロー、グリーン、ブラウンなど、実に多様なカラーが出回って、白は多色の中の一色であるという風に考えられるようになりました。米国向けのディナーセットも同じように、白い磁器製がディナーであるという固定概念をひっくり返すように、材質が磁器であれ、硬質陶器であれ、赤土で出来た陶器であれ、何でも良い、実用的で現代生活にマッチしていれば良いという消費者のニーズと、磁器よりも輸入関税の安い半磁器や硬質陶器やストーンウエアなどが増えました。　
　その中でも、特にストーンと呼ばれるディナーセットが大量に出荷されるようになりました。その頃の米国の輸入関税は、磁器ディナーが35％位、ストーンディナーが25％位でした。そもそものストーンは漢字では�担錣判颪①∨槓�離好函璽鵑蝋盖蕕覆發里任垢�△海了�離好函璽鵐Ε┘△蓮�鬚ぜТ錺妊�福爾汎韻犬茲Δ剖��導笋譴覆ぁ∋晴充Т鐚舛里發里覗巴呂賄攷Г靴燭發里�⊇螳皀�献絅▲襯妊�福璽Ε┘△箸靴董�啗�鰺瓩咾涜舂未暴仍呂瓩泙靴拭�

―――　ディナーセットが景品として大ブームになったそうですね。
　フォーマルなディナーセットの商売が良かったのは、ドルショックまででしょうか。
　アメリカ市場でディナーセットがかなり行き渡った頃、今までのようなデパートや専門店の売り場ではなくて、ガソリンスタンドや銀行、スーパーマーケットの景品として大量に使われるようになりました。
　ロスアンゼルスのケーソンインターナショナルがガソリンスタンド向けに買い付けたのは、磁器の4ピースセット（一人用のセット）で、従来の普通の大きさの 10インチディナープレートの代わりに、値段を安くするために9インチのディナープレートにして、それにパン皿とコーヒー碗皿の4ピースでセットにしたものを、業界の協定による、輸出最低値段ぎりぎりで輸出し、アメリカ側はそれを99セントでガソリンを買ったお客に売ったのです。「ガソリンを買ったら、本来3ドルする4ピースセットを、99セントで売ります。」と大々的に宣伝して顧客を呼び込んだので、この景品が大変なブームを巻き起こし、アメリカ西海岸から全米に広がっていきました。　
　これと同じように全米のスーパーマーケットでも、毎日の食品を買いに来る消費者に、買い上げ金額に相当するクーポンを渡して、ディナープレート、サラダプレート、パン皿、スープ皿、フルーツ皿、コーヒーカップ、受皿などを、バラバラにして、期間限定で、ただに近いような安い値段で売るプロモーションセールが始まりました。これによって磁器製も、ストーンのものも、本来のディナーセットのような98ピースや57ピースという組み合わせではない、バラバラの状態で、スーパーマーケットで格安に手に入るということで、消費者の大人気となり、日本から、ばんばん出ました。多い時には業界で月にディナープレートだけで200万枚ほど、他のアイテムを合わせますと、総数では1,000万個以上も、毎月毎月輸出されたものです。
　このように陶磁器が景品に使われるようになり、心ある人は「本来はきちんとした売り場で売られるべき貴重な陶器が、こんな風に景品に使われるとは何たることか。」と嘆いていました。

―――　磁器の品質の良し悪しはどういうものですか？
　昔の人は「白さはどうだ」、「釉面のトロはどうだ」、「透光性はどうだ」とよく見たものです。
　磁器の一番いい素地を「白素地」と言い、それから普通の「並素地」、さらに「デモ白」と言ったものです。東濃地方では、曽根や山五陶業などが造ったのは白素地、南方市場向けなどに使われたミート皿やスープ皿は殆ど普通の並素地、そして黒味がかったものは、これでも白かと言って「デモ白」と呼んでいたのです。
　その後、上質のカオリンが沢山入った白素地が出来て、スーパーホワイトとかウルトラホワイトなどと呼ぶようになりました。
　今からもう50年にもなりますが、曽根へ入社した頃、アルゼンチンからバイヤーが来て、「スペイン語では磁器のことをポースラーナ（英語でポースレイン）と言ってダイヤモンドみたいに貴重なものです。こんな素晴らしい磁器の白素地は日本でしか出来ない。これは凄いものだ。」と大変喜んで買って行きましたよ。

―――　　新しい商品開発はどう行われたのですか？
　ディナーの全盛期には各社ともそうですが、たまたまレノックスチャイナの戦略会議室を見学した時も、「敵を知らずんば戦さに勝てない。」ということで、今年のブライダル市場では何処のどのパターンがベストセラーだとか、ノリタケはこれ、ミカサはこれ、ウェッジウッドはこれ、デンビーはこれ、何処そこはどんなものをやっているかと、それらの見本を全部集めて、ディナープレートばかりで200枚から300枚ほどもありましたよ。
　大なり小なり、どこのメーカーも海外へ行くと、その土地の市場に出ている参考見本を買って来たものです。　
　日本に居ては、海外のメーカーのものは勿論、国内の他社の製品もなかなか見られなかったので、アメリカをはじめ海外へ行くと、有名デパートで見たり買うことも出来ましたので、出張する度に参考見本を買って帰ったものです。そして、新しいデザインの傾向や、形状、ストーンウエアなどの変わった釉薬の見本だとか、世界中の珍しい変わった新製品の参考見本を集めて、自社の新製品開発のための研究材料にしたものです。
　しかし、それらの研究の結果出来上がった日本品の優れたデザインや形状など、日本業者の血と汗の結晶とも言うべき殆ど全てのものが、今や中国のメーカーに移ってしまっているように見受けられます。

5年間
アメリカ市場を
勉強しました。

――― アメリカに駐在されていたそうですね。
　昭和30年代になると、メーカーも海外の市場を見て勉強したり、お客の生の声を聞いて製品造りに反映させることの必要性から渡航する人が増えましたね。
　私も貿易営業の担当をしていましたので、北米や欧州などへ80回以上も出かけました。そして昭和58年から62年まで5年間、ニューヨークにソネインターナショナルを創設し、アメリカ市場を勉強しました。　
　セールスマンと一緒に全米の各地を飛び歩きました。ニューヨークを基点にしていましたが、ある時はシカゴからデトロイトを回りワシントンの近くまで、セールスマンの自動車で二日がかりで客先を回ってアポイントをこなしたり、また、ある時はニューヨークの宿を朝５時頃発ち、飛行機でダラスまで飛んで、午後のアポイントを済まし、一泊して翌日はニューオーリーンズの客先へ行くというように、今日は東、明日は西と各地を旅しました。　
　お客とのアポイントは一時間もあれば済みますが、たいていの場合は地方へ出かければ、一つのアポイントに二日掛かりでした。アポイントが取れれば商売できたのと同じで、気のない人は会ってもくれないですからね。「会ってくれるなら売れたのも同じ。」というのが、アメリカのセールスマンの言でした。あとは自分の努力。「アポイントは取れたけれど、物が売れなかった時は、それは物が悪かった。」か、「俺の責任ではない。」と...。（笑）


ソネインターナショナルのショールーム（NY)	シカゴで開催されたショーの様子

―――　　アメリカでの一番の思い出をお聞かせください。
　週末などには、アメリカ人の友人宅へ遊びに行って、アメリカ人の日常生活ぶりなどを見聞し、一緒に寝食を共にしたりもしました。良識ある普通の家庭は、子供たちの躾も良く出来ており、行儀作法も良くて、戦前の日本の家庭を見ているような感じを持ちましたね。

　何せ広いアメリカ大陸のことです。今年もハリケーンの大きな「カトリーナ」とやらが、南部のルイジアナ州ニューオーリンズ地方に大災害をもたらしましたが、アメリカにいる間にも、大きな竜巻を数十キロ離れた場所から、イリノイ州で見たこともありますが、雷も寒波も、名古屋地方で想像するのとは桁違いです。

　アメリカは、やはり一大農業国でもあるように感じました。ご存知のように大陸ですから、至る所に大平原があり、大牧場が点在しています。週末などに友人とドライブして、かの有名な南北戦争の跡地ゲティスバーグの古戦場へ行った時など、ペンシルバニア州の片田舎のモーテルで昼食を取ると、その土地で採れた新鮮なトウモロコシやジャガイモなど、実に美味しい。ハンバーグでも、ニューヨークの都心で食べるのとは違って、田舎のものは、風味も味も、香ばしい美味しいものです。
　フロリダやカリフォルニアなど、暖かな地方ではオレンジも良く取れるので、アメリカの食生活で飲み物と言えば、コーヒー、ミルクのほか、年中、何処の朝食でもオレンジジュースがあります。
　美味しいものは、海岸近くならば日本と同じような魚介類も豊富で、しかも値段が安い。ロブスターなどは日本人には珍しいものですが、大きなものでも5～6ドルで安いのです。

　ニューヨークではホテルで一人住まいしていましたから、日本から商社のお客などが来ると、宿へ案内して、白米の日本飯を炊いて、生卵をかけて、インスタント味噌汁を2種類混ぜ、その味噌汁には追加の具として、近くの八百屋で買って来た葱を刻み、それに豆腐を入れる、そして魚の塩焼きを付けて、即席の和風料理としてご馳走すると、皆さん大変喜んでくれました。
　ある時、魚を焼いたら、煙が立ち込めてしまい、警報機が大きな音でワンワン鳴り出して、慌てたこともありました。

　アメリカで現地の人たちの生活も見てきましたが、一例をあげると、シカゴのタクシーの運転手の話では、アフリカから来た黒人一家の青年で、タクシーの運転をして両親と家族の生活を支えているが、大変貧しいので、朝食代としては１ドル位しか使うことが出来ないと言っていた。陽の当たる表向きのアメリカは世界の一大強国ではあるが、国内には昔ほどではないにしても、貧富の格差は大きいようでした。

無限の愛着を
覚えるようになりました。

―――　長い陶器屋の仕事をされて、現在の心境は如何ですか？
　私は社長でも企業主でもなく、一営業マンとして世界の各地を走り回って来ました。陶磁器とのご縁のお陰で珍しいものを見たり、色々な人にも出会うことが出来ましたので、狭い日本だけの尺度で物ごとを考えるのではなくて、広い世界の多様な人々の感覚で思考できようになり、仕事を通じて生きた人間学が勉強でき、しかも健康で今日まで生きられたことは大変幸せだと思っています。
　この限られた人生の最も充実した活動期の50年という長い間、奇しくも人類の誕生以来用いられてきたであろう土器、そして発展して須恵器となり、陶器となり、今日のような陶磁器になるまで進歩してきた。正に人類の進化と共に今日まで連綿と続いてきた。この焼き物文化、言い換えるならば「人類の伝統文化」そのものに接して、毎日を天職として働いて来られた不思議なご縁を今さらの如く感謝しているこの頃です。
　誰か先人が「焼き物万歳」と言われたことがあったと記憶していますが、年とともに焼き物に対して、言葉では名状しがたい無限の愛着を覚えるようになりました。

　人間の生きる生業としての仕事は、時代の変遷と共に、態様は色々と変わっていくことでしょうが、この過ぎ去った20世紀後半の日本における陶磁器産業界の姿は、悠久の人類の伝統文化史の１ページに、必ずや、その足跡を印したものと考えます。

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